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ソロで

久しぶりにソロで走りました。


まずは朝から駅前で一休み
6時を過ぎた頃に出発!

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用事が有り、平戸まで。

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ちょっと休憩

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とんぼ返りでしたが、朝からは走り易くて助かりました。


 
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朝の散歩

土曜日は『朝の散歩』にお付き合い頂きました!

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当日仕事にも関わらずフル装備参加も嬉しい限りで(笑)

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忙しい中参加して頂いたショップのお兄さん!有難う御座います!!

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この日は初心者がいなかったので、軽く流して終了でした、現在私は初心者専用ですので(笑)
初心者の方の参加お待ちしてます(笑)

 

ロレンソ転倒!

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FP2回目では開始から5分後…
まだ4周回目と言うところでハイサイドを起こし、激しい転倒となってしまいました。
好調に高速タイムを出していた最中の出来事だったんですが…
ちょうどアッセン戦で負傷した左肩からアスファルトに叩き付けられる形になってしまい……

その後、マシンはコース中央に放置された状態でレッドフラッグが出され…
ロレンソ選手の方は自力で立上がり、すぐにスーツの前を開け、鎖骨の手術跡を確認…
その後はモバイル・クリニックへと赴き、容態が公表されるまでにかなり時間がかかり…
遂にはクラウディオ・コスタ医師(モバイル・クリニック代表)の方から、
「時間がかかってるから、即、重症と言うわけではない」とコメントが出されるほどでした。

★クラウディオ・コスタ医師の説明は次の通り。
先の手術で挿入されたプレートは砕けてはいないが変形しており、そのため痛みを引き起す事となる。今後、プレートを調整するため再手術が行なわれる可能性がある。
(Sourse:2013年07月12日 Omnicorse.it記事より抜粋)

★ホルヘ・ロレンソのコメント。
「帰国し、今日のザクセンリンクでの転倒事故からの回復に専念することにしました。転倒の際に曲がってしまったプレートの再手術に集中する事にします。できるだけ早く復帰できるよう頑張ります。」
(Sourse:2013年07月12日 Motoblog.it記事より抜粋)

★エンリコ・カセレス医師(バルセロナのDexeusクリニック)のコメント。
「鎖骨を接合していたチタン製プレートの真ん中が曲がっています。ボルトは持ち堪えたが、鎖骨が湾曲しているため調整に再手術が必要となるでしょう。」
Sourse:2013年07月12日 Motocuatro.com記事より抜粋)

 

カル・クラッチローへのインタビュー

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カル・クラッチローのMotoGPまでの道のりは他のライダーとはかなり異なっている。スペイン選手権を125ccで戦ったわけでもなければ、GPのサポートクラスを走ったわけでもない。代わりに彼はBSBからワールスソーパースポーツ、そしてワールドスーパーバイクを経験し、MotoGPにやってきたのだ。

そんな回り道も彼には良い経験となっている。彼はドライでMotoGPクラスの勝利を上げるエリートライダーの仲間入りを果たしそうな勢いであり、その実現も時間の問題だろう。

アッセンでクラッチローの隣に座りライディングの秘密を引き出すためにブレーキングテクニックやコーナリングの技術やMotoGPレースについて諸々聞こうとしていたのだが、哲学的な話が始まってしまった。レコーダーのスイッチを入れ本格的にインタビューを始めたときには、けっkyほく思っているのとは違う方向に話がいってしまったのだ。どうやってMotoGPにたどりついたのか、そしてなぜそれほどまでにワークス入りにこだわるのかといった話題だ。そしてなぜMotoGPで勝つのがそれほど難しいかについても語ってくれた。

Motomatters:どうしてバイクレーサーになったんですか?
クラッチロー:それがおもしろい話でね、こないだも別のインタビューで話したんだけど、有名になるためにレースを始めたわけじゃないんですよ。それにお金を稼ぐためでもない。仕事として給料をもらってるのは確かだけど、レースがほんとに隙なんですよね。自分でお金を払わなきゃならないサンデーレーサーになったとしてもレースをするんだと思います。だから生まれつきっていうか、血筋というか、レーサー2世も多くなってきているけど、そんな感じじゃないかなあ。
 あとは気持ちの問題ですね。12、3歳になるまではバイクレースに興味はなかったんです。ロレンソとか見ると1歳とか2歳のときからレースをしてるわけですが。僕はサッカーをやってました。で、その内に親父と出かけるようになって、ちっさいPW50で走り始めたんです。まあいずれにせよ自分がレースを愛しているからレースをやってるんですよ」

Motomatters:PW50でバイクを覚えたってことですが、その後モトクロスをやったりしてます?
クラッチロー:いや、13歳になるまでは何にもやりませんでしたね。最初にコースにでたときには1周目で転けましたし。親父は「おまえには向かないな」って言ったんだけど僕は「もう一回チャンスをちょうだい」って言って翌週レースに出たら1位と2位になったんですよ。まあ別にどうってことないレースだったんだけど、同じ年のグループの中で1位と2位になったんですからね。場所はダーリー・ムーアで、子ども向けレースだったんだけど、1位と2位をとって、それで通うようになって、でもおもしろかったのは常に誰かにラップされるんですよ。でもその年の終わりにはそういう子たちにラップされずに、むしろ負かすことができるようになったんです。まあ伸びたってことでしょうけど。
 その後はラッキーなことが続きましたね。親父はまあ金持ちでは全然無くて、一生懸命働かなきゃならなかった。で、自分のレースにお金を使う。プライベーターでしたから。僕も同じでしたよ。親父は僕がレースを始めるためにお金を集めてくれたんだけど、ラッキーなことに何年かしたらいろいろうまく行き始めて、お金を払わなくても走らせてもらえるようになった。いいスポンサーもついたけどスポンサー周りをできる資質がないとスポンサーは得られないですね。親父はいつも自分にはできなかったって言ってました。まだ自分は15歳かそこらだったけど、いろんな人との繋がりもつくって、やるべきことをやったんです。つまり「すみませんがタイヤ代を出してもらえませんか」って言うってことですよ。まあタイヤじゃなくてガス代だったり、いろいろとね。まだ親父はレースをするのにお金を払ってますよ。まあレースにはお金がかかりますからね。
 でも楽してきたわけじゃない。ラッキーなのは確かで、いいマシンに最初から乗れましたからね。イギリス選手権に出てジュニア・スーパーストッククラスで走ったんですが、良い成績を出せたんです。でもその年の終わりには何も手にできなかった。他のライダーはみんなスーパースポーツクラスに行ったのに、自分はR6カップに行かなきゃならなかった。んで、自信を持って言うんですが、僕にとってこれまでで最高に良かったのはそこでチャンピオンが獲れなかったことですね。もしチャンピオンになってたら翌年はロブ・マック(訳注:ロブ・マッケルニアのことかな?)のチームでイギリス・スーパーバイク選手権を走らなければならなかった。僕は2位だったんでイギリス・スーパースポーツ選手権に参戦して、そこで技術を磨いてチャンピオンになったんです。
 思うに、まあこうやって振り返ってみるのもおもしろいですね、何が起こったかとか、自分はそのとき何を考えていたのかとかとか、まあ自分としては常に最高の決定をしてきたんだと思います。で、イギリス・スーパーバイク選手権(BSB)に行って、ワールド・スーパースポーツ(WSS)に行ったんです。

Motomatters:MotoGPレーサーとしては普通じゃないキャリアですよね?
クラッチロー:そうですね。でもMotoGPで3年走ってるんです。BSBを走ってWSSに行って、WSBKで走って、今MotoGPです。そんなことができるライダーはそうたくさんいないでしょう。自分が決めてきたのは正しいことだったと思いますよ。MotoGPの初年度に、参戦は正しい決定だったかと聞かれたら、Noって言ったでしょうね。戻りたいって。でも今思えばWSBKのライダーがあんまりやらないことをやったわけですし。年俸は下がったし、リスクもあったし、でもMotoGPに行くって決めたんです。他のライダーはWSBKでいい年俸をもらって満足して、そこからチャレンジしようとしていない。失敗が怖いんです。でも僕は挑戦してまたいい成績をあげたいと思ったんです。だからリスクはおかさなければならないし、今の僕を見てもらえばWSBKにいつづけるよりはいいところにいると思いますよ。

Motomatters:レーサーとして当然勝ちたいでしょうし、それが走る目的の一つでしょうけど、最高のライダーと戦って負ける方が、そうでもないライダーに勝つことより重要ですか?
クラッチロー:MotoGPでうるさいくらい言われることですけど、勝つのは楽じゃない。ロレンソやペドロサは別でしょうけど。今のヴァレンティーノにすら、楽じゃない。彼は僕と同じような状況で同じようなポジションを走っていますから、とにかく勝つのは楽じゃないんです(原注:インタビューが行われたのはアッセンのレースの3日前)。WSSでもWSBKでも勝てましたし、WSBKに残留していたらもっと勝っていたでしょうね。それくらいMotoGPで勝つのは難しいんです。
 勝つことは大好きですし、でも自分の目標は別にあるんです。その目標は勝利と同じくらい価値があるものです。もしMotoGPで勝ったら勝ち続ける。勝利が棚ぼたみたいなやつじゃなかったら勝ち続けることはできるでしょう。でもライバルに勝つのはたいへんです。たいへんだってことを納得するのもたいへんだし。だって勝ちたいですからね。優勝したい、でもどうやったら勝てるんだろう。でもできると信じてますよ。それにサテライトバイクで勝てるとも信じてます。僕の目標の一つはそれですね。

Motomatters:サテライトで勝つのは真の勝利ですね。
クラッチロー:サテライトバイクで勝ったら、本当にすごいですよね。でもMotoGPで勝つのは楽じゃない。でもここで勝てないからってWSBKに戻るなんてことは考えてないですよ。勝ったときの気持ちは最高だけど、今は全然違うシリーズを走っていて、レベルも全然違うんです。
 何人かに説明しようとしたことがあったんですけど、やっぱりGPに来るまでは理解してもらえなかった。誤解しないで欲しいのはWSBKの価値を貶めたり、ライダーの才能についてとやかく言おうとしたりってわけじゃないことです。WSBKのライダーも本当に凄い。ユージーン(ラヴァティ)やトム(サイクス)やジョニー(レイ)みたいなトップライダーは違いますよね。それにビアッジやチェカとかメランドリも。彼らのレースの技術やパッシングを見たらね。彼らはMotoGPにいたんだし、それも当然ですよ。でも同時にMotoGPもとんでもなくレベルが上がってます。

Motomatters:MotoGP参戦時からあなたも相当レベルが上がってますが、小さな目標を常に持ち続けてるからですか?
クラッチロー:それはわからないですね。参戦初年度を終えたときには相当悩みました。チームとの関係もそれほど良くなかったですし。今エルヴェ(ポンシャラル)と僕が良い関係になることを思うとおかしな話ですけどね。エルヴェは良く言ってましたし、今日も言ってくれたんですが、自分と家族と自分のキャリアのことだけ考えろって。チームマネジャーとしてじゃなく、友達として言ってるんだってね。2輪業界の話はしにくいですけど、例えばF1の仕事があったとしたら彼は「行ってやってみろ。そこには僕があげられないものがあるから」って言ってくれるでしょう。彼はそういう人です。でも初年度は相当悩んで、結局戻ってくることになったんです。
 成績が良くなったのは、自分のやるべきことを学んだからですね。もちろん楽なことではありませんでしたが、WSBKで勝ってるし有力ライダーの一人だったんでMotoGPでも同じことができると思ってたんです。でもそうはならなかった。だから初心に立ち返って考えたんです。初年度はね。で2年目は序盤で良い成績を出せた。でもそれを持続するのはなかなかたいへんでした。来年も同じように伸びていくのは難しいでしょうね。去年と比べて今年の成績がさらにいいのはナイスですけど。

Motomatters:次のステップに行くためには何が必要ですか?自分自身?それともマシン?
クラッチロー:両方でしょうね。まあありふれてますが。誤解しないでほしいのは前に言ったように、ロレンソなら僕のマシンに乗っても勝てるってことです。チャンピオンをとるのはたいへんかもですが、でも前にも言ったように、マシンだけが問題じゃないんです。ロレンソが家を出て空港に行くまで、そして空港からサーキットに行くまでのが違うんですよ。彼はワークスライダーなんです。僕らより心配しなきゃならないことが少ない。説明するのは難しいけど、その立場になってみると、雑事に悩まされることが少ないんです。だからもしロレンソが僕のチームに来たら違うんでしょうね。だって30人ものとりまきがいて、靴紐を結んであげるよ、とかは言ってくれないわけですから。ロレンソがどうこうってわけじゃなく、ワークスライダーってのがそういうものなんですよ。
 まあそれだけじゃなくって、いろいろあるんですが、そうですね、確かに僕も成長しなければならない。でも物事を変えるのはたいへんなんです。前にも言いましたが、これができるようにならなきゃって言うのは、言うだけなら楽だけど、実行は難しいんです。変わっていき続けるのが大事なんですよね。

 

ロレンソ問題

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いやいや、この画像の事ではないですよ(笑)

鎖骨骨折での参戦問題ですね。

その偉業は多くの人々に讃えられてはいるのですが、一方で『狂気の沙汰』『将来に向けての悪例』として批判も上がってきていますね。
今回、ザクセンリンク戦でのプレスカンファレンスでも話題になっていたようでして…
ちょっと、各選手のコメントを見てみましょうか。

★カル・クラッチロー
「ホルヘ(ロレンソ)に参戦許可を出した事で、別の問題が起きるでしょ。グレーゾーンができてしまったわけでね…つまり、(各サーキットの常駐)医師らが同じようなケース、同じような骨折の場合、同じような対応をしないとも限らない。前例ができたにも関わらず、今後、もしかしたら別の選手には許可が出ないかもしれないし。」
(Sourse:2013年07月11日 Gpone記事より抜粋)


★ヴァレンティーノ・ロッシ
「この件については何かと意見があるでしょう。過去に医師から参戦許可をもらえず、“この選手は駄目…でも、ロッシやロレンソならOKなんだ”と言っていた選手が何人かいたが、それは違うと思います。それぞれの医師が各規定を設けてますからね。僕が足の骨折をした時(編集部注:2010年ムジェッロ)、まさに此処ザクセンリンクで復帰したんだけど…走る前に医師のチェックがあって、両足で立ってみて何歩か歩かされ、どれぐらい筋力があるかを検査するのに片足跳びとかやらされました。多分、ホルヘも肩の筋力を見るのに屈伸をやらされたでしょう。ロッシやロレンソじゃないなら駄目…なんてことを医師が言うとは思えませんね。過去にコーリン(エドワーズ)が、“僕がヴァレンティーノ・ロッシじゃないもんだから走らせてくれなかった”と言った事があるけど、本当は全身麻酔をしてから決勝レースまで24時間経っていなかったからなんです。僕のケースだって、医師のチェックの際に言われた通りの事がきちんと出来なかったら参戦許可は下りなかったでしょう…たとえ僕がヴァレンティーノ・ロッシであってもね。
(またケガをしても)以前、足を骨折した時と同様、やはり参戦する方を選ぶでしょうね。確かに危険な事です…たとえマシンの操縦ができると思っても、転倒でもしたら大変な事になるんですから。」
(Sourse:2013年07月11日 Infomotogp.com記事より抜粋)

★ホルヘ・ロレンソ
「確かに、僕がアッセン戦に参戦できたのは驚きでした。理学療法士らと懸命にリハビリして、もうかなり良いですよ。もちろん100%とは言えないが、良くなってきてます。ただ、きちんと言っておきたいんですが、僕がやった事は模範にすべきではないです。僕がやったからと言う理由だけで、鎖骨を折った選手が参戦したりすべきではない。各選手、自分の身体がどう反応するか…心理状態がどうかは分かっているでしょ。かつて出来た選手がいるからと言う理由だけで、決断すべきではない。」
(Sourse:2013年07月11日 Moto.it記事より抜粋)
 

土曜日

朝の散歩(朝練かな?)を行います!

内容は簡単

6時半 駅前集合  ~  国見へ  ~  コーヒータイム♪ 8時過ぎ頃解散

初心者が集まれば裏で数周ライン取りの練習みたいな事をしたいですね(笑)

初心者の参加待ってます!!

 

モトGP長命記録更新

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★ヴァレンティーノ・ロッシが先のアッセン優勝により、最高峰クラスにおける最長命ライダー記録(最高峰クラスでの初優勝から最新優勝までの期間)を更新した。

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★ロッシ選手の最高峰クラス初優勝は2000年ドニントン戦で、先のアッセン戦までは12年355日となる。

★これまでの記録保持者はアレックス・バロスで11年204日。

★全クラス通しての記録は、ローリス・カピロッシが最長命で17年49日。同記録においてもロッシ選手は16年345日で2位。

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★最高峰クラスが4ストローク時代になってから1位を獲得した最高齢ライダーはトロイ・ベイリース、アレックス・バロス、ローリス・カピロッシの順で、34才のロッシ選手は4位。

(Sourse:2013年07月09日 Omnicorse.it記事より抜粋)

 

朝の散歩

梅雨も明けましたので、朝から軽く流してみましょうか

今回は土曜日の早朝に行おうと思います。


目的地は『国見』
6時半~8時半頃の予定でコーヒー飲んで解散ですね(笑)

時間が有ればウラで初心者ライン講習など楽しそうですね。
(低速で引っ張るかタンデム走行辺りで)

集合場所などは後日お知らせします。
 

『2013アッセンGPこぼれ話』


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★アンドレア・イアンノーネがモトGP機の電制システムについて説明した。
「電制システム作業は本当に難しいんですよ。ほんの僅かな違いでも、コースに出たらマシンの挙動がもの凄く変わったり、その反対に、もの凄いモディファイをしたのに全然良くならなかったり。」
同選手によれば7月14日開催のザクセンリンク戦では『ドゥカティ・ラボラトリー機』で参戦するのだとか。ミケーレ・ピッロテストライダーが使用していたマシンで、ドヴィツィオーゾ/ヘイデン両選手によれば特に改善面は見られなかったと。

★厳しいシーズン序盤を経て、ブラッドリー・スミスがアッセン予選では今季最高の6位を獲得した。同選手は2014年もテック3と契約済で、「モトGPは予想していた以上に厳しいクラスです。」と話している。

★アッセンGP中、ドルナより2014のアジア杯開催が公表された。現在、ヨーロッパでKTMが実施している大会に酷似したもので、マシンはホンダ機、タイヤはブリヂストンが使用され、参加選手らに費用はかからない模様。衣料品も運営側より支給される予定。
10月14日(月)、マレーシア戦翌日のセパンで最大200名から参加選手22名を選抜し、2014年にはモトGPおよびSBKのアジア戦と同時に5〜6戦が行なわれる事となる。
同プロジェクトの責任者となるアルベルト・プーチ(ダニ・ペドロサの現マネージャー)は同分野において豊かな経験を有し、かつて運営していた『Movistar杯』は数多くの世界選手権ライダーを輩出している。
プーチ氏のコメント。
「非常に難しい挑戦ですね…あの辺りの国々にはモーターサイクル文化がない訳ですから。ただ、ドルナやホンダには豊富な経験がある。第1選考はあの辺りで常用されているホンダのスクーターで行なう予定です。8〜13馬力のものでね。」

★バルセロナ戦でホルヘ・ロレンソが使用したヘルメットが、レース後、オークションに出され27,101ユーロ(約350万円)で落札された。収益金は寄付される予定。同ヘルメットはダウン症女性がデザインしたもの。

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★アラゴン・テストでブレンボのブレーキを試したステファン・ブラドルが、昨年より使用しているニッシン製よりもそちらが良いと…。それを聞いたルーチョ・チェッキネッロマネージャーが私費でブラドル選手に同ブレーキを買い与え(15万ユーロ)、アッセン戦より使用された。

★世界選手権史上、常に同選手権が開催されてきたアッセン・サーキットだが、この度、ドルナとアッセン運営陣の間で2021年までの開催契約が交わされた。

★今回のアッセン戦でカル・クラッチローが、モトGPキャリア初のPPを獲得した。
クラッチロー選手のコメント。
「もちろん嬉しいっすけど、今度、ホルヘ(ロレンソ)も参加してる時に“本物の”ポールを取ったらお祝いしますよ。」
なお、最高峰クラスの英国人ライダーPPは、2002年のジェレミー・マクウィリアムス(Proton 500 2T)がフィリップアイランド戦で獲得したのが最後。

★7月4〜5日、アルヴァロ・バウティスタ、ステファン・ブラドル、カル・クラッチローが、アルゼンチンの新サーキットでコーステストを行なう。同サーキットはドルナのたっての希望により来年のGP開催が予定されており、実現されたなら選手およびスタッフ陣が1ヶ月以上遠征を続ける事となる。
ステファン・ブラドル選手のコメント。
「バルセロナ戦後にアラゴンテストを行い、その後、アッセン戦…そしてアルゼンチンに行って、それからドイツ戦とアメリカ戦…この間、ヘルメットを被っていない時の方が少ないんじゃないかなぁ。」

★本来ならばドゥカティ選手らもアルゼンチンのコーステストに参加するはずだったが、同メーカーではミザノでの3日間テストに集中する事とした(7月2日チームテスト、7月3〜4日その他ライダー)。同テストでは車台の新パーツがテストされる予定。

★アッセン決勝レースではステファン・ブラドルがファーストローよりスタートした。最高峰クラスでのドイツ人ライダーのファーストロー獲得は、1998年チェコ戦でのラルフ・ウォルドマン4位が最後(当時はファーストロー4名)。

★2014年に向けホンダが100万ユーロのプロダクションレーサーを販売、また、ヤマハが80万ユーロのワークスエンジン・リースをする事は周知の事実だが、現在のところ、まだ契約は交わされていない。ホンダとはチーム・グレジーニの他、シト・ポンスやホルヘ・マルティネス、ミッシェル・バルトロミーが話し合いを持っている。

★アッセンGPの3日間、悪天候のせいもあり転倒は52選手にのぼった。2012年は48選手、2011年は78選手だった。
モトGPクラスでは総合ランク1〜3位選手(ペドロサ、ロレンソ、マルケス)が全員転倒したが、決勝レースでは皆無であり、今シーズン始めての事。
開幕戦から今迄での転倒数はマルケス選手が8回、ブラドル/イアンノーネ/クラッチロー選手が5回、バウティスタ/スミス選手4回、ペドロサ/ロッシ選手3回、ロレンソ選手2回、ドヴィツィオーゾ/ヘイデン選手1回となっている。
(Source:2013年07月01日Moto.it記事より抜粋)

 

Ducati "問題は技術系全般"


苦しむDucati勢

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★アンドレア・ドヴィツィオーゾ(10位)のコメント
《予想からすれば、レースはそれほど酷い事にはなりませんでした。ずっとニッキー(ヘイデン)の後ろを走り、かなり強い操縦をしましたが、ペースを維持するのが本当にキツかった。上位グループとのギャップは常に顕著なものだが、FPでの結果を思えば改善する事はできました。レースの間ずっとプッシュし続け、エスパルガロ/バウティスタ選手らに追いつこうとあちこちで危険を冒して走りました。最終的に追いつけはしたものの、残念ながら本当に限界で、競り合う事はできませんでした。
最終コーナーではニッキーをかなりぎりぎりの所で抜いたが、アンフェアな事を何かしたとは思っていません。アッセンのは、それが有名ですから。残念ながら最終ハードブレーキ地点で競り合って、立上がりで失速し、2人ともスミス選手に高速で抜かれてしまいました。残念ですが、うちの厳しい状況を表しているでしょ。
今日は被害を少しは抑えたと言うところでしょうか。》

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★ニッキー・ヘイデン(11位)のコメント
《最初から本当にキツいウィークエンドでした。グリップ不足も負担になりました。なんとかマシンを操縦しやすくしようとかなりの作業をしましたが、どうにもできなかった。
レースは厳しいもので、特に方向転換…マシンがかなり動いていました。僕は本当に限界まで、ギャップを縮めようとプッシュする度にラインから外れて膨らむか、フロントが流れてしまうか。最終ラップでは第15コーナーへのアプローチがいまいちで、ドヴィにイン側から進入され、僕はラインから外れてしまいました。その隙にスミス選手に最良ラインを取られてしまった。レースでは起こりえる事ですが、ただ、真の問題点は上位と33秒差でゴールしてしまったと言う事です。これは僕らがいかに離されているかを物語っています。》

(Sourse:2013年06月29日 Ducati Corse公式サイトより)


 

ロレンソ:ルガーノ新居が火事


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★ホルヘ・ロレンソがルガーノ・パラディーゾ(スイス)に購入した新居が火事にあっていた。

★バルコニーに放置されていた厚紙から出火したものと見られている。

★スイスには他にダニ・ペドロサが何年も前から居住しており、また、ケーシー・ストーナーも現役当時は山間部の小村に居住していた。
(Sourse:2013年07月01日 Infomotogp.com記事より抜粋)
 
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